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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1244号 判決 2000年12月14日

控訴人

廣島了一

右訴訟代理人弁護士

吉川孝三郎

吉川壽純

堀康司

被控訴人

東條重子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

清水洋二

今村核

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人から金六〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、控訴人に対し、原判決別紙物件目録(一)記載の建物を明け渡せ。

三  被控訴人らは、控訴人に対し、平成一二年四月一三日から右建物明渡ずみまで一か月金一〇万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人から五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、控訴人に対し、原判決別紙物件目録(一)記載の建物を明け渡せ。

3  被控訴人らは、控訴人に対し、平成一〇年一一月一六日から右建物明渡ずみまで一か月一〇万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、原判決別紙物件目録(一)記載の建物(本件建物)の賃貸人である控訴人が、賃借人である東條章次(章次)に対し、借入金の返済のため本件建物及びその敷地の借地権を売却する必要があるとして賃貸借契約の解約を申し入れ、賃貸借契約の終了に基づき、立退料五〇〇万円の支払と引換えの本件建物の明渡し及び賃貸借契約終了後の賃料相当損害金の支払を求めた事案である。章次は、原審係属中に死亡し、被控訴人らが訴訟を承継した。

原判決は、控訴人の請求を棄却したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、本件建物に賃借人がいても本件建物とその敷地の借地権を二六五〇万円以上で売却することはできると判断したが、これは判断を誤ったものである。

本件建物は昭和八年ころ建てられた建物であり、建物賃料は一か月一〇万五〇〇〇円、年間で一二六万円となるにすぎない。したがって、本件建物とその敷地の借地権を買おうとする者は、本件建物を取り壊して建物を新築し、自ら利用することを考える者しかいない。しかし、本件建物に賃借人がいれば、本件建物を取り壊すことはできないから、本件建物とその敷地の借地権を買おうとする者はいないことになる。

2 被控訴人らの本件建物の使用の必要性は、五〇〇万円の立退料で補うことができる。

また、章次や被控訴人らは、昭和五五年以降約二〇年間にわたって、賃料の増額に応じていない。被控訴人らは、この間に十分な利益を得たものである。

3 本件建物は、昭和八年ころ建てられた三階建ての木造建物であり、建築基準法上合法とはいえない。建物の耐震性を考えても、公益上の見地から建替えが必要である。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の請求は六〇〇万円の支払を受けるのと引換えの本件建物の明渡し及び平成一二年四月一三日からの賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断する。その理由は次のとおりである。

1  事実の経過

証拠(甲一、二、三の一・二、四、五の一ないし六、六ないし一〇、一二の一・二、一三ないし一六、一八、乙一ないし三、九、一一、一四、一五、一七の一ないし七、原審における控訴人、被控訴人東條重子、同東條重好各本人)及び弁論の全趣旨によれば、事実の経過は次のとおりである。

(一) 控訴人の父親である廣島了輔(了輔)は、本件建物の敷地(台東区上野<番地略>所在、面積一二坪)を地主から賃借し、その上に本件建物を所有していた。本件建物については、不動産登記簿の表題部に、昭和八年種類変更との記載があり、もともとは昭和八年以前に建築された建物であった。

了輔は、章次の姉である東條歌子に対し、昭和一九年ころ、本件建物を店舗兼住宅として賃貸した。

(二) 控訴人は、了輔から、本件建物の賃貸人の地位を引き継いだ。一方、本件建物の賃借権は、東條歌子から章次に引き継がれた。

このため、昭和四〇年五月二〇日付けで、控訴人と章次の間において、本件建物の賃貸借契約が期間を五年として締結された。

その後、昭和五五年五月二三日に、控訴人と章次との間で賃貸借契約が期間を三年として更新されたが、以後は、合意による更新はされていない。

また、本件建物の賃料は、昭和五五年六月分から一か月一〇万円であり、平成七年ころ一か月一〇万五〇〇〇円に増額された。

(三) 控訴人は、廣島電業株式会社という不動産賃貸業を営む会社を経営していたが、債務超過のため、平成九年一二月に会社を解散した。平成一〇年五月に清算が終了し、その際、会社のさくら銀行からの借受金二六五〇万円は、控訴人が個人で引き継いだ。

控訴人は、平成一一年に六〇歳となり、同年二月以降、一か月三〇万円の年金で生活をしている。会社解散の際、従前居住していた会社所有の土地建物を売却したため、以後は借家住まいである。控訴人には、本件建物とその敷地の借地権以外みるべき資産はない。

本件建物の敷地の賃料として、一か月三万五〇〇〇円を支払っており、さくら銀行に対し、三か月ごとに約一八万円の利息を支払っている。元金の返済は、期限の延期を繰り返している。

このほか、控訴人は、後見人として、精神の病で三〇年来入院している姉の入院費用等(一か月約一〇万円)を病院から請求されているが、滞っている状態である。

(四) 本件建物には、平成一〇年当時、章次、妻の被控訴人東條重子(被控訴人重子)、長男の被控訴人東條重好(被控訴人重好)の三名が居住していた。平成一一年六月二一日の章次死亡後は、被控訴人重子と被控訴人重好が居住している。被控訴人重好は、平成八年、勤めていた会社をリストラによって退職し、平成九年六月から、本件建物の一階店舗部分で菓子・清涼飲料水等の販売店を営んでいる。被控訴人重好は、右販売店を始めるに当たり、二九八万二〇〇〇円をかけて一階店舗部分の天井、壁の補修を含む改装工事を行った。

右販売店の売上げは、平成一〇年には年間一〇八五万円であり、被控訴人重好の申告所得は、九八万円であった。

被控訴人重子は、関節リュウマチを患っており、近所の東京大学附属病院に通院している。

被控訴人重子や被控訴人重好には、みるべき資産はない。

(五) 控訴人は、章次に対し、平成一〇年五月一四日に到達した内容証明郵便で、自ら本件建物に居住する必要が生じたことを理由として賃貸借契約の解約を申し入れた。その後、本訴において、平成一一年一〇月一二日の口頭弁論期日に陳述された同月八日付け準備書面で、さくら銀行に対する借入金の返済のため本件建物及びその敷地の借地権を売却する必要があることを主張した。

2 解約申入れの正当事由の有無について

1で認定したとおり、控訴人は、さくら銀行に対し二六五〇万円の債務を負い、年間約七二万円の利息を支払っている。この債務を返済するための資産としては本件建物とその敷地の借地権しかない。本件建物を賃貸しているだけでは、元金の返済はおぼつかないのであるから、控訴人としては、元金の返済のためには、本件建物とその敷地の借地権を売却する必要があるといわざるをえない。

そして、本件建物は、どんなに近くとも昭和八年ころ建築された建物であるから、経済的な効用を全うし、すでに建替時期が来ていることは明らかである。本件建物のままでは、これを買い受けた者は一か月一〇万円程度の賃料が得られるのみである。それ以上の賃料を得、又は自己で使用することによって経済的利益を得ようとすれば、建替えは不可避である。それのみならず、本件建物が朽廃することになれば、借地権を失うことになるのであるから、借地権を確保するためにも建替えが必要である。

建物を建て替え、新たな建物で高い利益を得るためには、まず現在の賃借人の明渡しを得る必要がある。建物に賃借人がいるままでは、正当な目的で、本件建物とその敷地の借地権を買い受けようとする者は現れないものと予想される。

したがって、控訴人には、章次ないし被控訴人らに対し本件建物の明渡しを求める必要性と合理性がある。

一方、本件建物には、平成一〇年時点で章次、被控訴人重子、被控訴人重好が、平成一一年六月二一日以降は被控訴人重子、被控訴人重好が居住しているのみならず、一階の店舗部分では、平成九年六月以降、被控訴人重好が清涼飲料水等の販売店を営んでいる。したがって、各時点で章次ないし被控訴人らには、本件建物を使用する必要性が認められる。しかし、住居としての使用には、原則として代替性が認められる。また、被控訴人重好が営む店舗は、本件建物でなければならない理由まではなく、生計を維持するためには、清涼飲料水等の販売店でなければならないともいえない。

右の双方の必要性を比較すると、控訴人の必要性の方が高いものと認められる。しかし、章次ないし被控訴人らに生ずる不利益には看過し得ないものもあるので、控訴人が、章次ないし被控訴人らに生ずる不利益をある程度補う立退料を支払うことにより、控訴人は解約申入れの正当事由を具備するものというべきである。

なお、控訴人が、解約申入れの正当事由として本件建物及びその敷地の借地権の売却の必要性を明らかにしたのは、平成一一年一〇月八日付け準備書面が初めてである(原審において同年四月九日に行われた本人尋問では、控訴人は、借地権を売却してさくら銀行の借金を返すことは考えていないと述べている。)。本件建物を自ら使用するというのと売却するというのでは、その必要性の判断に差が生じうる。したがって、本件では、右準備書面が陳述された平成一一年一〇月一二日に、控訴人から被控訴人らに対し新たな解約申入れがされたものとし、右解約申入れは、先に述べたとおり、立退料の支払により正当事由を具備するものと判断する。

3  立退料の金額について

控訴人は、立退料として五〇〇万円の提供を申し出ており、最終的な金額は裁判所の判断に任せると述べている(原審における平成一一年九月二日付け準備書面第二)。

そこで、立退料の金額について検討する。

控訴人と被控訴人らとの間の賃貸借は、それぞれの前主ないし前々主からの期間を通算すると、五〇年以上にも及んでいる。したがって、賃貸借の目的は十分達したともいいうるものである。

被控訴人らが本件建物を使用する必要性のうち、住居としての必要性についてみれば、引越料その他の移転実費と一定期間の転居後の賃料と現賃料との差額が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。また、店舗としての必要性についてみると、本件建物の一階店舗部分にかけた改装工事費と一定期間の所得の補償が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。

これ以上に、高額な敷地権価格とわずかな建物価格の合計額を基に、これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは、正当事由があり賃貸借が終了するのに、あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので、思考として一貫性を欠き相当ではない。

先のような観点から算定すると、立退料としては、六〇〇万円を上回ることはないものと認められる(改装工事費のうち二四〇万円(一部は償却済みでありその残額)と一〇〇万円の所得の二年分に移転実費(四〇万円)、賃料差額を一か月五万円としてその二年分(一二〇万円)を合計したものである。)。

したがって、六〇〇万円を提供することによって控訴人の解約申入れは正当事由を具備するものと認めるべきである。

なお、賃貸借契約の終了日は、平成一一年一〇月一二日から六か月を経過した平成一二年四月一二日である。

二  したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取り消し、控訴人の請求を六〇〇万円の支払を受けるのと引換えの本件建物の明渡し及び平成一二年四月一三日からの賃料相当損害金の支払を求める限度で認容することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・西島幸夫、裁判官・江口とし子)

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